インドのたび

行ってみたいような、行ってみたくないような、興味があるような、恐いような、いずれにしても濃くて暑くて埃っぽくて、スパイシーなのがインドの旅のイメージ。実際はどんなものでしょうか。 

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更新情報

インドのコーチを出発したフライトは翌朝の6時過ぎに予定通りマレーシアのクアラルンプールに到着した。機内では執念で機内食を掻き込む。ベジタリアンメニューだが旨い。関空への乗継便が出発する昼の2時までは、KLIA2の空港はお店も多くて楽しい空港なので十分時間が潰せま
『(2019年 南インド) クアラルンプールの中華(おまけ)』の画像

 コーチ滞在も5日目となり、今回の南インドの旅も帰国日の朝となりました。ドンドン前進してきた旅も、ここコーチに来てからは俄然怠惰に過ごすようになり、いい塩梅となりました。フライトは夜便なので、まだまだ余裕かましてます。この日の朝は珍しい色のバナナを食べてみ
『(2019年 南インド) ついにインド最終日(20)』の画像

コーチ滞在も4日目となりました。この日も自然と目が覚め、そして何時もの朝の散歩から。朝ごはんは市場の食堂で。この日のカレーは「ひよこ豆」あっ、先ほど撮らせてもらった女の子だ。お母さんを見るとムスリムなので、この子ももうすぐしたら髪の毛を覆うようになるのでし
『(2019年 南インド)  ルルモール(19)』の画像

コーチでの3日目も、先ずは朝のお散歩から。相変わらずバナナを中心に見ています。 朝の散歩の後は、この日は少し観光客ぽいことをする事にして、フォート・コーチンに出かけた。コーチ周辺の地図を拡大すると、水路が土地を侵食していることがよく分かる。私の宿は下町の
『(2019年 南インド)フォート・コーチン(18)』の画像

コーチでの2日目の朝が明けた。宿はダウンタウンの市場の傍にあったので、朝から何とも賑やかで楽しく、狙ったわけではありませんでしたが、私のようなバックパッカーには最高のローケーションでした。毎朝市場を散歩し、同じような写真を飽きることなく撮り続ける毎日となり
『(2019年 南インド)病院へ行こう(17)』の画像

マイソールまで来てしまい、帰国便の出発するコーチまで戻るのには意外に距離があり昼間走るのは勿体ないので夜行バスにした。州を跨ぐこの手のバスはエアコン付きの豪華バスなので料金も今まで乗ったバスのどれよりも高かった。冷房のない生活に慣れてしまったので、冷房付
『(2019年 南インド) 最終目的地へ(16)』の画像

朝一番はマイソールの市場の見物に出かけた。海外旅行ではローカルの市場に出かけるのは何とも楽しいものだ。先ずは朝ご飯をササっと食べる。目的のテーヴァーラージ・マーケットに到着した。バザールといった雰囲気で興味深い。わー、これってバナナの「競り」なんでしょう
『(2019年 南インド)マイソールの一日(15)』の画像

ただただ勢いで山に登ってきましたが、バスターミナルで可能なルートを調査した結果、次はマイソールに行くのが便利そうだったので、そのまま前進を続けることにした。帰国日までまだ時間があるし、いざとなれば夜を徹して戻れば帰国便が飛び立つ空港に行ける範囲内にいるの
『(2019年 南インド)まだ前進(14)』の画像

さて世界遺産の「ニルギリ山岳鉄道」に乗る日の朝は気合を入れて4時に宿を出た。前日歩いた道より手前に駅の矢印が出ていたので、近道かと思って曲がったのが失敗で道に迷う。まだ日が明けていない暗い夜道で一瞬焦るも、親切なオバサンが道を教えてくれ何とか駅に到着。10分
『(2019年南インド)世界遺産のニルギリ山岳鉄道(13)』の画像

これまでの行程は列車が遅れたりはしたが、予想した以上に順調に進み時間的余裕が出来たので、オプションとして考えていた「ニルギル山岳鉄道」に乗りに行くことにした。(Wikipedia) ニルギリ山岳鉄道とはタミル・ナードゥ州ニーラギリ県に敷設された鉄道で、インド最古の
『(2019年 南インド)山に向かう(12)』の画像

運河が縦横に走り、南国のヤシの木々が生い茂る町アレッピー。その昔にイギリス人のインド総督をして「東洋のベニス」と呼ばせた町でもあります。今では内陸部の運河はバックウォーターとも呼ばれ、内外の観光客に人気です。私もバックウォーターに出かけるべく、早起きして
『(2019年 南インド) バックウォーター(11)』の画像

この日はケララ州に入り、インド西岸を北上する移動日です。と言いながら、昨日の日の出が素晴らしかったので、この日も早起きして海辺を先ずはウロウロした。昨日とは別のポジションで拝見する。砂浜でカラスが魚をくわえたと思った瞬間、重量挙げのように「グイ」と持ち上
『(2019年 南インド)移動日(10)』の画像

インド最南端のカニャークマリはヒンドゥの聖地であると共にインドの人達に大人気の観光地でもあります。この地でのメインイベントは日の出と日の入りを拝む事なんです。私も皆さんに交じって日の出を拝んできました。 ここでの沐浴なら、海水なのでひ弱な私達日本人で
『(2019年 南インド)カニャークマリの日の出(9)』の画像

この日はいよいよインド大陸最南端を目指す。朝一でミーナクーシー寺院を見た後で、宿の近くの鉄道のマドゥライ駅に適当な時間の列車がないか見に行った。2時間後くらいにカニャークマリの手前のナーガコイルに行く列車はあったが、何だか悪い予感がして列車は止めてバスで行
『(2019年 南インド)インド大陸最南端へ(8)』の画像

マドゥライに来たのは経由地である意外にミーナークシー・アンマン寺院を一目見たかったから。早朝から見に行ってきました。ミーナークシーについてはネットで見つけた以下の解説を貼り付けておきます。「魚の目を持つ女神」って何の事か理解できませんでしたが、この解説を
『(2019年 南インド)ミーナークシー寺院(7)』の画像

田舎町のタンジョールに来たのは、世界遺産に登録されチョーラ建築の最高傑作と言われているプリハディーシュワラ寺院を見る為だ。(WIKIPEDIA)タンジャーヴールはイギリス統治下においてタンジョール(Tanjore)と呼ばれていた。 伝説によると、タンジャーヴールは「タンジ
『(2019年 南インド)タンジョール(6)』の画像

日中は暑いので、活動は夜明けから数時間です。チィルチラパッリにわざわざ来た目的は「ロックフォート」と「ランガナータスワーミー寺院」を見る事なので市内バスに乗り込んだ。先ずは「ロックフォート」に向かう。事前にネット情報を知らベていたので、キリスト教の教会が
『(2019年 南インド)チィルチラパッリ(5)』の画像

朝は暗いうちに宿を出た。列車に乗り南に下る為に、先ずはバスでチェンガルパトゥに出ないといけません。予想した通りにバス停にチェンガルパトゥ行のバスがいたので乗った。1時間ほどかかって目的地に到着。鉄道の駅がどこか分からずに一瞬焦るも、道を隔てた向こうに駅はあ
『(2019年 南インド)列車の旅(4)』の画像

駅員さんに教えてもらった側のホームに来る列車は、どれも溢れんばかりの状況で乗れそうにない。ホームにいた青年に聞くと、逆のホームだと教えてくれた。どちらが正しいのか判断付かなかったが、空いていたので「エイや!」と飛び乗った。列車は勿論ボロではあるが、それで
『(2019年 南インド)マハーバリプラムへ(3)』の画像

チェンナイ国際空港には順調に到着したが、いくつか気になることがあった。まず、事前にネット申請し取得していた「eビザ」が有効かどうかは一抹の心配あった。入国審査で「eビザ」のカウンターがあった。見た所は外国人は「eビザ」に並んでいる人が大半のようで、私も問題な
『(2019年 南インド)チェンナイ空港に到着したけど(2)』の画像

航空会社を色々と調べてみて、南インドに行くにはエアアジアが便利な気がした。マレーシア留学の時に毎回乗っており、馴染みの航空会社だったのでネットで予約。日本人客はほとんど見かけない。マレーシア人の男性は相撲取りのように太い人が意外に多い。マレーシア料理を毎
『(2019年 南インド)出発(1)』の画像

人生の苦悩を痛感したシッダールタは解脱への道を求めて世俗の生活を捨て去り厳しい苦行を続けた。それでも答えは出なかった。ブッダガヤの菩提樹の下で時を忘れた深い瞑想の中で「長く暗い夜が正に明けようとしていた時に、澄み切った覚りが訪れた」らしい。ここに世界の謎
『(2012年 北インド):9.ブッダガヤの一日(18日目)』の画像

昨日あれこれ苦労した末に買った切符の早朝の列車に乗車した。少年が売ってるスナックのようなものは非常に美味しそう。ベビースターラーメンのようなものに、炒豆と生の玉ネギのみじん切りが混ざっており、注文すると小さく切った古新聞の上で塩コショーとライムを振りかけ
『(2012年 北インド):8.ブッダガヤへ(17日目)』の画像

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